乱流屏風

流量が大きいときに乱流という乱れた流れが発生することが知られています。層流(整った流れ)から乱流への変化には物理学的な決まりがあるのでしょうか。実はこれは130年以上にわたる「未解決問題」だったのです。そこで厚さ0.5 cmの薄い水槽(乱流屏風)で実験的に層流から乱流への転移を見ていこうとするのがこの展示です。よく観察してみると乱流の分裂・消滅のパターンや法則の美しさが見えてくるかもしれません。  

乱流屏風を詳しく

高さ1 m、横幅6 m、厚さ0.5 cmの薄い水槽の中を水が流れます。水には金色のフレークが混ぜてあり、乱流領域からの光の反射は激しく変動します。装置の横にはタンクが置かれ、絶えず水を流しています。水槽に入る直前の水が通るところに、穴がたくさん空いた板が設置されています。この穴を通ることで、水に渦状の乱れが生じ、そこで発生した乱れた流れが薄い水槽の中に入り、右から左へ流れていきます。どのように流れの様子が変化していくかを観察するのがこの実験装置です。物理の分野でいうところの「流体力学」にあたります。東京大学理学部物理学科佐野雅己先生らが2016年に作ったものを一回り小さくして千葉大に移設しました。佐野先生の論文は世界的雑誌Nature Physicsにも載りました。 

層流(整った流れ)から乱流(乱れた流れ)への転移は非常に複雑であり、多くの物理学者たちが数式を解いて理解しようと挑んでは、跳ね返されてきました。そこで佐野先生は乱流屏風を使って、実験的に法則を見つけ出せないかと考えました。そしていろいろな速度で水を流し、何回も観察してたくさんの数のデータをとり、解析しました。その結果、層流と乱流の移り変わりには普遍的な法則があることがわかりました。 


同じ現象が見られるもの

実は乱流屏風で観察できる乱流が、一定の確率で分裂し、消滅すると考えると(「数理モデル」)、このモデルが当てはまる現象が他にも存在することが分かるのです。分裂や消滅の確率を変えてみると、乱流の領域がいつまでも消えない状態と、すべて消えてしまう状態とのあいだで転移が起こります(シミュレーション)。これは感染症の広がりを表すモデルの一種とまったく同じになります。ほかにも砂にしみこむ水や雪崩の「広がり方」などいろいろな現象が、同じモデルで捉えられると考えられています。まったく異なるように見える現象でも、相転移の時には同じ性質を示すことがあるのです。

 

130年越しに乱流発生の法則を発見

流体の方程式が非線形であるため数学的に解けないことや、実験的にも乱れの与え方にさまざまな可能性があったので、長年未解決問題とされてきました。しかし、東京大学理学部物理学科の佐野雅己先生と玉井敬一氏は、乱流屛風を用いた実験を行い、乱流への遷移に普遍的な法則があることを初めて実証しました。実験では、入り口から乱れを注入し、流れの速度を変えることで、ある速度(レイノルズ数)を境に、乱れが減衰して層流に戻るか、乱れが全体に広がるかが明確な遷移現象として捉えられ、臨界点では減衰が遅くなるなど複数の特徴的な性質が観測されました。 

現代のスーパーコンピューターをもってしても、乱流への遷移を調べるためには、大規模な計算を長時間行う必要があり、乱流遷移はシミュレーションが実験を凌駕できない現象の一つとなっています。乱流遷移が普遍的な相転移現象であるという実験結果は、今後、従来の枠を超えた新しい理論の発展を促すとともに、周辺のさまざまの分野で見られる不規則現象一般に対する理解を進展させることが期待されます。 


参考 

『乱流発生の法則を発見:130年以上の未解決問題にブレークスルー』 

佐野 雅己、玉井 敬一