はぎ取り標本

1930 年 11 月 26 日午前 4 時 2 分、伊豆半島北部の丹那盆地を中心とした地域でマグニチュード 7.3 、震源の深さ 0~12 km,最大震度 6 の大地震が発生しました。写真のはぎ取り標本を解読することで、こうした過去の地震を読み取ることができます。  

活断層とは、最近 100 万年間に繰り返し運動して地形や地層の変位の痕跡を残し、今後もしばらくは地震を定期的に引き起こす可能性の高い断層のことです。すなわち直下型地震の化石と言い換えることができます。大地震は我々の生活を脅かす自然の驚異ですが、地表近くに残された古地震の痕跡を調べることで、自然現象としての活断層の運動像やそこから発生した地震像を紐解く楽しさを味わうことができます。1930 年 11 月 26 日に起きた北伊豆地震では、箱根芦ノ湖畔から修善寺町に至る南北約 30 km にわたり地面の水平ずれが確認されました。このズレこそ、大地震を引き起こした丹那断層の運動(岩盤破壊)そのものです。この大地震では左へ 2 mほどの移動が、あちこちのすれ違いから確認されています。また、当時工事中だった東海道本線の丹那トンネル坑道の壁面もずれ動き,断層運動を知ることができました。 


では、北伊豆地震以前、丹那断層はどのような運動をしていたのでしょうか。気になりますね。周辺の地形や地質から、約 50 万年前の火山斜面が丹那断層に沿って切断され、北伊豆地震での断層のずれと同じ方向に 1 kmずれていることが分かりました。つまり、丹那断層は繰り返し大地震を起こし 1 km という驚異的なズレを生み出したのです。1 回の地震で生じるズレが 2 mですから、1 km ÷ 2 m = 500 より、丹那断層は 500 回も地震を引き起こしていることになります。50 万年の間に 500 回の地震が起こったということは、50 万年 ÷ 500 = 1000 年より、1000 年に一度地震が起きていると考えられます。さて、本当に 1000年に一度地震が起きているのでしょうか。平安時代の史料を調べると、841 年(承和 8 年)に伊豆国で大地震が起きたと記録が残っており、それが 1 つ前の地震であることが明らかになりました。「1000 年に 1 度の割合で丹那断層は動き、大地震を発生させる」という仮説の信ぴょう性が高まりました。 


さて、この断層の運動像の確からしさをさらに高めるにはどうしたらいいでしょうか。古文書などの歴史記録がない時代の地震の化石を見つけることが必要になってきます。過去の地震も大体同じ場所で同じように動いてきたであろうと仮定し、その地下を掘ってそれらを裏付ける物的証拠を取る調査法が開発されています。それは、活断層をまたいで地下を掘るトレンチ調査です。サイエンスプロムナードにあるはぎ取り標本(写真のもの)は、丹那断層が通る子乃神社前で掘られたトレンチのものです。ここで、はぎ取り標本について簡単に説明しておきます。はぎ取り標本は断層そのものを切り取ったものです。断層に接着剤をつけて乾かないうちに布をかぶせ、乾燥させます。接着剤が乾燥して固くなったところで布をはがすと断層も一緒にはぎ取れます。これがはぎ取り標本です。話を戻して、丹那断層ではトレンチを深さ約 7 mまで掘り下げたところに、折り重なる地層とその切断状態が見事に現れました。この地層断面に張り付いて、過去の地震を読み取っていくことになります。断層運動による地形や地層の切断変形箇所は、その後に起こる河川などの堆積運動に次々に埋められていきます。解読のカギはそのプロセスを復元していくことにあります。 


調査の結果、丹那断層では過去 6000~7000 年間で最大 9 回の地震が起こったことが分かりました。その発生期間は 700~1000年となり、先ほどの仮説、「1000年に1度の割合で丹那断層は動き、大地震を発生させる」は間違っていないことが実証されました。丹那トンネルは少なくとも今後数百年は安全で曲がることはなさそうですね。 

では地震を起こす能力の高い活断層は他の地域ではどこにあるのでしょうか。日本列島のの陸上部だけで 3000条の活断層があることがわかっています。それぞれの断層に丹那断層のような詳しい活動履歴がわかれば長期的な地震予測も可能となります。しかし、そのようなことがわかっている活断層はまだまだ少ないのですが,そんな自然の謎を解いてみませんか。また、丹那断層は天然記念物に指定されていて見ることができるので現地に訪れてみましょう