電磁誘導の不思議

アクリル製、アルミ製、銅製の3つの筒があります。この中に磁石を落とすとどの筒が一番早く落下するでしょうか?

確かめてみましょう。筒を回転させると中に入っている磁石が落下し、下まで落ちるとカランと音がします。一番早いのはアクリル製です。なぜこのような結果になったのでしょうか?

 アクリル製、アルミ製、銅製の3つの筒中に磁石(ネオジム磁石)を落とした時、落ちる速さに違いが出ます。実験してみると、落下速度はアクリル>アルミ>銅の順になります。このような結果になる理由を解説します。

 

 まず、アルミと銅は金属ですが、磁石にはくっつきません。アクリルももちろん磁石にはくっつきません。だから今回の実験に磁石がくっつく現象は関係ありません。

では、なぜ落下速度に違いが出たのでしょうか。この謎を解くカギは、ファラデーが1831年に発見した「電磁誘導の法則」にあります。電磁誘導とは、磁場の時間変化によって起電力が発生する現象のことです。コイルの中に磁石を出し入れするとコイルに起電力が生じて電流が流れ、コイルにつながれた豆電球が光ります。理科の実験でやったことがある方もいるでしょう。これは、コイルの断面を貫く磁束(コイルの断面を貫く磁力線の総数)が時間変化することで誘導起電力(電圧のこと)が発生しコイルに誘導電流が流れるものとして理解できます。実験から、電磁誘導の法則は下記の①②にまとめられています。


<電磁誘導の法則>

①誘導起電力は、誘導電流の作る磁場がコイルを貫く磁束の変化を妨げる向きに生じる。(レンツの法則)

②誘導起電力の大きさは、コイルを貫く磁束の単位時間当たりの変化量に比例する。


 これをもとに、今回のアクリル製、アルミ製、銅製の3つの筒の中に磁石を落とす実験について考えてみましょう。なぜ、落下速度はアクリル>アルミ>銅となるのでしょうか?


 磁力線は磁石のN極から出てS極に入ります。いま、N極が下を向いた磁石を金属パイプの上から落下させると、パイプに下向きの磁束が侵入します。電磁誘導の法則の①に従うと、磁束の侵入を妨げる向き、つまり上向きに磁場が生じるように金属パイプに誘導電流が流れます。右ねじの法則より、電流の向きはパイプの上から見て反時計回りとなります。上向きに発生した磁場は磁石のN極に相当します。すると、N極とN極が向き合った状態になるので反発力が生じます。この反発力は落下している磁石にとってはブレーキになるのです。(下向きに運動しているのに上向きの力を受けるわけですから)。これは磁石の下側で起きる現象ですが、磁石の上側でも磁石の落下を妨げる力が生じます。落下に伴って、磁石の上側では磁束が減少します。電磁誘導の法則の①に従い、磁束の減少を妨げる向きに磁場が生じるように金属パイプに誘導電流が流れ、磁石の上側では吸引力が生じます。なお、N極から出た磁力線はすべてS極に入るので、反発力と吸引力はどちらも同じ大きさです。


 これで、なぜアクリルが一番早く落下したのかが分かります。アクリルは金属ではないためです。非金属では誘導電流が流れず磁場が発生しません。だから抵抗力が働くことはなく、ただの自由落下となるため一番早く落下したのです。


 次に電磁誘導の法則の②より、誘導起電力の大きさは磁束の時間変化に比例しますが、誘導電流の大きさは電気抵抗が小さいほど大きくなります(オームの法則)。銅は電気伝導率が高い金属として有名ですね。したがって同じ形状の銅とアルミのパイプでは、電気抵抗の小さい銅の方が誘導電流は大きくなるため磁場による反発力も大きくなります。だからアルミパイプに比べて銅パイプの方が落下速度は遅くなったのです。これで落下速度がアクリル>アルミ>銅になった理由が分かりました。


 最後に、少し難しくなりますが、アクリル、アルミ、銅パイプ中での磁石の落下現象を、運動方程式を用いて考察してみましょう。アルミや銅パイプでは、時間が経過すると磁石は一定速度で落下していました。この現象は雨滴が一定速度で落下する現象と同様だと考えることができます。雨滴の場合、鉛直下向きに重力、上向きに空気抵抗が働き、後者は速度に比例します。磁石も同様に重力が働いて落下します。そして、誘導電流のつくる磁場による反発力は空気抵抗と同じ役割をして、磁石の落下速度に比例します。このことは磁束の単位時間当たりの変化に誘導起電力や誘導電流が比例することからも理解できます。