植物の多様化

生物は異なる環境に適応して多様化していきます。そのため、異なる系統の種でも同じような環境に生息していると似たような形態や習性になり、近縁な種でもまったく異なる環境に生息していると形態や習性も異なってきます。ここではヒガンバナ科に注目し、この群が地球上のどこで起源し、どこで大きく多様化したのかについて考えていきます。  

 生物の分類において基本となる単位は種です。それぞれの種はその類縁性にしたがって、大きい方からドメイン・界・門・綱・目・科・属の順に階層的にまとめられています。 

 ヒガンバナという種の場合は、真核生物ドメイン-植物界-被子植物-単子葉類-キジカクシ目-ヒガンバナ科-ヒガンバナ属に分類されています。 

ヒガンバナ属は約30種が存在しています。このうち日本に野生するのは、ヒガンバナ・シロバナマンジュシャゲ・ナツズイセン・ショウキズイセン・キツネノカミソリなどです。 

 

 生物の体細胞は基本的に二倍体(ゲノムを2セット持つ)ですが、日本に分布するヒガンバナは三倍体(ゲノムを3セット持つ)です。三倍体は体細胞分裂には支障が無いため、植物体は正常に成長して花も咲きます。しかし、配偶子を形成する際に行われ、染色体数が半減した細胞を生じる減数分裂は正常に行われません。そうすると染色体数に過不足が生じるため、正常な配偶子を作ることができなくなります。ヒガンバナではごく稀に結実した個体が観察されていますが、その種子は発芽しません。そのため、ヒガンバナは球根(鱗茎)の分裂によって繁殖するとされています。 

 

 三倍体の個体は二倍体の個体と四倍体の個体の交配か、二倍体が偶然作った二倍体の配偶子と正常な半数体の配偶子の受粉によって生じます。中国大陸の揚子江流域には、日本のヒガンバナに極めて近縁で、種子で繁殖する二倍体のコヒガンバナが分布しています。日本のヒガンバナはこのようなコヒガンバナから偶然に生まれたと考えられています。 

 ヒガンバナは人が住んでいる場所の近くに生息する人里植物です。ヒガンバナは鱗茎にアルカロイドを含んでおり有毒ですが、澱粉も豊富に含んでいます。しっかりと水にさらすと有毒成分は抜けるため、凶作や天災など食料が不足した場合に救荒食として利用されていたと考えられています。鱗茎の分裂で繁殖するため、海を自力で渡ることは難しいため、有史以前に稲作文化をもたらした人々が、日本列島へ持ち込んだものと考えられています。 

 

 では、ヒガンバナ属の祖先は何だったのでしょうか。そして、どこから来たのでしょうか。それを知るために、現在地球上の各地に分布しているヒガンバナ属に近縁な植物群(ヒガンバナ科)とその外群を比較検討しましょう。 

 植物地理学では、ある分類群の発祥の地はその分布密度が高い場所だというのが通説です。しかし、現在のヒガンバナ科植物の分布密度は、遠く隔たった南アメリカと中南米に二極分化しています。いったいどちらが起源の地なのでしょうか。 

 

 葉緑体の持つRNAマチュラーゼの遺伝子(MatK)の塩基配列に基づいて構築された分子系統樹がこの問題を解く鍵を与えてくれました。 

 この系統樹から、現生のヒガンバナ科の植物は単系統群(一つの祖先種とその子孫すべてを含む種群)であることがわかります。また、現在の南アフリカにあたる地域に分布していた共通祖先から、最初のヒガンバナ科植物が進化したことがわかります (これを“原ヒガンバナ”と呼ぶことにします) 。この原ヒガンバナからAmaryllis(アマリリス属)、Nerine(ネリネ属)、Brunsvigia(ブルンスヴィギア属)などが生じました。原ヒガンバナの子孫の一部はさらに、①アフリカの熱帯とその南に分布するCyrtanthus(キルタンサス属)、②アフリカ南部のClivia(クンシラン属)、Hsemanthus(マユハケオモト属)、Scadoxus(センコウハナビ属)、③東南アジアの南半球域とオーストラリアに分布するEurycles(ユーリクレス属/現Proiphys(プロイフィス属))とCalostemma(カロステマ属)、④ヨーロッパ、中東、アジア、中南米に分布する属の四系統に分岐します。この最後の群は、中南米で大きく多様化しており、中南米が多様化の二次的中心地であったことが分かりました(詳細は分子系統樹参照) 。この分岐と多様化がいつ頃起こったのかは、化石の証拠も信頼できる分子時計 (祖先が共通の二つの系統が分岐してから経過した時間を、両者の対応するDNA配列に蓄積された差異から測定する方法) も見つかっておらず、まだ確定できていません。 


参考文献 

栗田子郎.ヒガンバナの博物誌.研成社.1998.181p