IceCube

 様々な物質を透過する”お化け素粒子 ─ニュートリノ─”を観測するため、南極氷床中には約 1 km3にも及ぶ巨大ニュートリノ観測所が存在しています。この観測所ではニュートリノが通過する際に生じるチェレンコフ光を観測し、宇宙より飛来する高エネルギーニュートリノの飛来方向を調べることで、宇宙線の起源天体を探っています。ニュートリノは時に未だ私たちの知らないほど遠い宇宙からも飛来し、そうしたニュートリノについて研究することで、宇宙の謎に迫ることができるのです。 

 サイエンスプロムナードでは、そうしたニュートリノ観測において使用されているセンサを展示しています。

ここで展示しているセンサは、千葉大学も参加しているIceCube実験と呼ばれるプロジェクトにおいて使用されているものです。IceCube実験は、素粒子の一種であるニュートリノを観測する目的で行われています。  

 そもそも素粒子とは、ニュートリノとはなんでしょうか? 世の中の物質が全て原子で構成されているということは皆さんも既にご存じだと思います。例えば水ならH2O、水素原子 2 つと酸素原子 1 つから出来ていましたね。その原子もまた、陽子・中性子・電子から作られています。ここで電子はそのまま素粒子ですが、陽子・中性子は更に幾つかの素粒子に分解することができます。即ち、素粒子とはこの世の中の物質の最小要素であり、基本要素でもあるのです。  


[図1] 分子と素粒子の関係(「ひっぐすたん」より)

[図2] 素粒子の一覧(「ひっぐすたん」より)

 上述したように物質を作る素粒子のことは、特別に物質粒子と呼ばれています。他に力を伝える素粒子であるゲージ粒子、質量を与える素粒子であるヒッグス粒子が存在します。  


 ニュートリノとはこうした素粒子の内、物質粒子の一種です。ニュートリノには、+(プラス)の電気も-(マイナス)の電気も帯びていないという特徴があります。従って他の物質とくっついたり離れようとしたりすることがありません。また、ニュートリノは原子を透過することも問題ないほどに小さい粒子です。従って、ニュートリノは簡単に物質を透過します。例えば、地球の反対側からニュートリノが差し込んだとしても、問題なく地球を通り抜けることができるのです。  

 私たちがニュートリノの存在に気付くことはありませんが、実はニュートリノは日常的に空間中を飛び回っており、1 秒間に約 100兆 個のニュートリノが体を通り抜けているともいわれています。 


 そんなニュートリノを観測することが困難であることは、何となく皆さん方も分かるのではないでしょうか? 先述したニュートリノの高い透過性から、ニュートリノは自身の足跡を殆ど残さないのです。 


 しかし、そんなニュートリノも稀に原子核や電子と衝突して、チェレンコフ光と呼ばれる光を発することがあります。研究者たちはこの光を観測することでニュートリノを捉えているのです。実際には、ニュートリノを水分子に衝突させることで生じるチェレンコフ光を観測することになります。 


 ニュートリノ観測装置として名高いスーパーカミオカンデも、構造としては巨大な水槽を地下に設置して、その壁面にチェレンコフ光を観測するセンサを埋め込んだ形になっています。しかし、多くのニュートリノを観測したい場合は、水槽自体を大きくする必要があります。地下に巨大水槽を設置するのは労力が大きく、水が大量に存在する海や湖でも波や風が検出の妨げとなります。  

©Mark Krasberg, IceCube/NSF

[図3-1]

氷中に吊るされているセンサ

(千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター より)

©IceCube Collaboration

[図3-2]

IceCubeニュートリノ観測施設

(千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター より)

 そうした問題を解決しつつ、巨大な観測装置を設置しようと試みたのがIceCube実験です。IceCube実験では巨大な氷床に穴を開けてセンサを埋め込むことで、ニュートリノ観測装置としています。氷もまた水分子なのでチェレンコフ光は問題なく生じますし、巨大な水槽をわざわざ作る必要も、風や波を心配する必要もありません。 

 このような、氷床にセンサを埋め込んで巨大ニュートリノ観測装置とするアイデアは、ウィスコンシン大学のフランシス・ハルチェン教授が考えつきました。そのアイデアを実行すべく、ウィスコンシン大学を中心とした国際チームは、南極点に位置するアムンゼン・スコット基地において、1996年にIceCube実験の前形である実験、2004年からはIceCube観測施設の建設が開始され、2005年から部分的な観測、2011年4月よりフル稼働が開始されることになりました。 

 IceCubeニュートリノ観測施設では、南極氷床に深さ 2450 m にもなる穴を 86 本掘り、深さ 1450-2450 m にわたって、17 mごとにケーブルに繋がれたセンサが埋め込まれています。1 本の穴には計 60 個のセンサが入り、観測施設全体におけるセンサの数は 5160 個にも及びます。

 このような大規模な観測施設を設置することができるほどの巨大な氷は南極にしか存在しませんから、IceCube実験は南極で行われているのです。加えて、南極の氷が高い透明度を有していることもポイントの1つでした。 

 

 このような大規模な観測施設を用いてまでニュートリノを観測する意味は何でしょうか? 地球には宇宙から宇宙線と呼ばれる高エネルギーの束が降り注いでいます。宇宙線は発見から既に 100 年以上が経っていますが、未だにその実態や起源は明らかになっていません。宇宙線の起源となっているであろう天体は高エネルギー放射天体と呼ばれますが、宇宙線自体は地球に届くまでの間に様々な影響を受けて、大きく方向を変えてしまっています。従って宇宙線の起源を考えることは非常に困難となります。  

[図4] 高エネルギー放射天体とニュートリノ
(千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター より)

 高エネルギー放射天体からはニュートリノも放射されています。先述したようにニュートリノは基本的に物質との間で相互作用を起こしにくいので、地球への入射方向が、そのまま高エネルギー放射天体の方向になるのです。従ってニュートリノ観測では宇宙線の起源に迫ることができます。 

 また、ニュートリノはその特性から減衰しにくいので、現代の技術でも観測できないほどに遠い宇宙から飛んできたものが含まれている可能性もあります。そうしたニュートリノの解析は宇宙の謎を解明するうえで役立つかもしれないのです。 

 こうした、ニュートリノに着目した宇宙研究の分野は「ニュートリノ天文学」と呼ばれています。

 

©IceCube Collaboration

[図5] 2011年8月(左) および 2012年1月(右)にIceCubeで観測された 高エネルギー宇宙ニュートリノ
(千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター より)

©IceCube Collaboration

[図6] 2017年にIceCubeで観測された高エネルギー宇宙ニュートリノ。
ニュートリノの入射方向が図のようにわかり、ニュートリノ放射源天体が定まった。
(千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター より)


 IceCube実験では2011年8月、及び2012年1月に高エネルギー宇宙ニュートリノを世界で初めて検出することに成功しました(カミオカンデ実験で捉えたニュートリノも太陽系外由来の宇宙ニュートリノであったが、エネルギーがIceCube実験のものよりも低いニュートリノであった[ニュートリノの起源が異なる])。また、2017年にはIceCubeの検出したニュートリノの情報を元に、世界中の観測施設が追尾観測を行い、ニュートリノ放射源天体を求めることに成功しています。  


 2025年に予定されているIceCubeのアップグレード計画では新たに7本の穴を掘って、そこに 約 700 台の新センサを埋設しようと試みています。また、2029年からは新たにIceCube-Gen2と呼ばれる観測装置の建造もスタートする予定です。現在のIceCubeを取り囲む形で設置されるIceCube-Gen2では約 1万 台のセンサを埋設、検出範囲を現在の約 8 倍にし、センサの感度を 5 倍以上にすることで、より多くのニュートリノ観測を目指しています。  

©SATO, Akiko

[図7] IceCube-Gen2. 
赤色の部分が現在のIceCube
(千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター より)


 以上がIceCube実験の解説です。以下ではサイエンスプロムナードで展示しているセンサについて少し詳しく解説します。 


 サイエンスプロムナードで展示されているセンサはIceCube実験で使用されてる、チェレンコフ光を検出するためのセンサです。このセンサはDOM(Digital Optical Module)光検出器と呼ばれています。DOM光検出器は  700 気圧(地上の 700 倍)を超える氷中の圧力に耐えるための耐圧ガラスで囲まれており、その内部に微弱なチェレンコフ光を検出しつつ増幅するPMTや、信号を高速で処理するコンピュータ基板が取り付けられています。コンピュータ基板より伸びるケーブルは地上の観測所まで繋がっており、ケーブルを通じて検出した信号を観測所に送信したり、DOM光検出器に電力が供給されたりします。 

 PMTはスーパーカミオカンデでも使用されている光電子増倍管であり、浜松ホトニクス社によって製造されています。 

また、DOM光検出器を吊るした穴もやがて凍って閉ざされるため、一度設置したDOM光検出器を再び取り出すことは不可能です。 

IceCubeアップグレード計画では新たなセンサが埋設される、ということは既に述べました。千葉大学はこれに合わせて新たにD-Eggと呼ばれるセンサを作成しました。D-Eggでは、DOM光検出器に使用されているPMTを小さくしたものを上下両方に配置することで、より多くの方向から飛んでくるニュートリノを検出できるようになりました。また、D-Eggの本体は、DOM光検出器よりも細長いため、埋設時に必要な穴の直径が小さくなり、南極氷床の掘削コストを約20%減らすことができるとの利点もあります。 

©IceCube Collaboration

[図8] DOM 光検出器(左)とD-Egg(
(千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター より)


IceCube実験についてもっと知りたい方は、ICEHAPのホームページへ!

参考文献: 

千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター,「ニュートリノ天文学」, 参照 2023/9/7, ICEHAP

東京大学, 「スーパーカミオカンデ概要」, 参照 2023/9/7, スーパーカミオカンデ 公式ホームページ 

ひっぐすたん,「素粒子ってなに?」, 参照 2023/9/7, HiggsTan